大阪高等裁判所 平成12年(う)407号 判決 2000年8月24日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年八月に処する。
原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
理由
一 控訴趣意に対する判断
本件控訴の趣意は弁護人鍋島友三郎作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官松田成作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。
1 控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は、①被告人は、Aから頼まれ、その代理人として、和歌山県信用漁業協同組合連合会串本支店に電話をかけ、同支店係員B子に、Aの預金口座からの各出金及び紀陽銀行串本支店の、C子名義及びD名義の預金口座への各振込を依頼したものであって、本件いずれの事実についても、被告人に詐欺の犯意はなかったし、また、②仮に、被告人に詐欺の犯意があったとしても、銀行に類する金融機関が、電話による依頼だけで、貯金を払い戻したり、その金を他者名義の預金口座に振り込んだりすることは絶対にあり得ず、本件で払戻や振込ができたのは、B子が被告人の右犯意を知りながら、これに協力したからであって、元来、詐欺罪が成立する余地などはなかったのに、被告人に対し本件各詐欺の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、記録を調査して検討すると、後記二の職権調査で示すように、原判決には一部犯罪事実の摘示として不十分なところがあるとはいえ、原判決がその掲げる証拠により、被告人の本件各詐欺の犯意を認め、被告人を有罪としたこと自体は正当であり、また、その「補足説明」の項で説示するところにより、「被告人に貯金の払戻や振込を依頼したことはない。」旨のAの原審証言や、「被告人からはAの代理人という発言はなく、電話の主がA本人と信じた。」旨のB子の証言の各信用性を認め、①の所論と同旨の原審弁護人の主張を排斥しているのも、相当として是認できるのであって、当審における事実取調べの結果によっても、右の認定、判断は動かない。そして、B子の原審証言によれば、同女は貯金者本人の便宜を図るつもりで電話依頼による貯金の払戻及び他者名義の預金口座への振込をしたことが認められるのであり、また、そのような事務処理の仕方が和歌山県信用漁業協同組合連合会の内規に違反するものであったとしても、関係証拠によると、同連合会串本支店では、組合員の便宜のため、電話依頼による貯金の払戻及び貯金者本人名義の別の預金口座への振込といった内規に違反する事務処理の仕方が黙認されていたことが認められるから、本件でB子がしたような事務処理がおよそ起こり得ない過誤であるとはいえず、②の所論も採用できない。論旨は理由がない。
2 控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、原判決の量刑が重過ぎる、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、本件は、貯金者のふりをして電話をし、金融機関の職員を欺いて、他人の貯金からの払戻金合計二九万円の振込を受けたという詐欺二件の事案であるが、右貯金者のなけなしの貯金であることを知りながら、そのほぼ全額を引き出しており、また、犯行が計画的でもあって、犯情は芳しくないこと、しかも、被告人は、犯行を否認していて反省が認められず、最終的に損害を受けた金融機関に対する弁償もしていないこと、更には、これまで原判示各累犯前科等多数の前科を有しており、規範意識の希薄さもうかがわれることなどに照らすと、被告人の刑責は軽視できないから、他方で、本件騙取金の額がそれほど多額でないことなどの酌むべき事情を考慮しても、被告人を懲役一年八月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。この論旨も理由がない。
二 職権調査
しかしながら、職権により調査するに、原判決はその「犯罪事実」の項で、「被告人は、平成一一年五月一九日、和歌山県信用漁業協同組合連合会串本支店に電話をし、同支店係員B子に対し、Aだと名乗った上、同人名義の普通貯金口座二口から合計二五万円を出金して紀陽銀行串本支店のC子名義の普通預金口座にこれを振り込むよう依頼し、B子をして、右依頼がA本人からのものと誤信させ、よって、右A名義の普通貯金口座二口から合計二五万円を出金して右C子名義の普通預金口座に振込入金させ(原判示第一)、次いで、同月二一日にも、右連合会串本支店に電話をし、B子に対し、Aだと名乗った上、同人名義の普通預金口座二口から合計四万円を出金して紀陽銀行串本支店のD名義の普通預金口座にこれを振り込むよう依頼し、B子をして、右同様に誤信させ、よって、右A名義の普通貯金口座二口から合計四万円を出金して右D名義の普通預金口座に振込入金させ(同二)、もって、それぞれ人を欺いて財物を交付させた。」旨の事実を摘示し、詐欺罪の成立を認めていることが明らかである。ところで、本件のように欺罔行為者と財物の交付を受ける者とが異なる場合に、詐欺罪が成立するというためには、欺罔行為者において第三者に利得させる目的があるとか、もともと第三者が共犯者であるとか、あるいはそれが情を知らない犯人の道具で交付を受けた財物が当然に被告人に渡る関係にあるなど、欺罔行為者と第三者との間に特別な事情の存することが必要であると解される。これを本件についてみると、関係証拠によれば、被告人は、和歌山県信用漁業協同組合連合会串本支店に各電話をする前に、振込先の預金名義人であるC子及びDに対して、自己に対する送金の受領のために同人らの預金口座を使わせてもらいたい旨依頼し、同人らからその承諾を得て銀行口座番号を教えてもらっていることが認められ、被告人は、情を知らない同人らを自己の犯罪の道具として利用し、その預金口座に騙取金の交付を受けたものということができる。そして、このような被告人とC子及びDとの関係は、犯罪の成否にかかわる重要な事実であり、もとより、これを罪となるべき事実に摘示する必要があるのに、原判決はその摘示をしていない。そうすると、右の摘示を欠いたまま詐欺罪の成立を認めた原判決には、理由の不備があるというべきで、破棄を免れない。
三 破棄自判
そこで、刑訴法三九七条一項、三七八条四号により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により更に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は、知人のAになりすまして、同人が貯金口座を有する和歌山県信用漁業協同組合連合会から、金員をだまし取ろうと企て、
第一 あらかじめ、情を知らないC子に対し、自己に対する送金の受領のために株式会社紀陽銀行串本支店の同女名義の預金口座を使わせてもらいたい旨依頼し、その承諾を得た上、平成一一年五月一九日午後三時ころ、和歌山県西牟婁郡《番地省略》所在のE方から、同町《番地省略》所在の同連合会串本支店に電話をし、同支店係員B子に対し、Aであると名乗って、同人名義の口座番号《省略》と《省略》の普通貯金口座から合計二五万円を出金して同銀行串本支店のC子名義口座番号《省略》の普通預金口座にこれを振り込むよう依頼し、右Bをして、右依頼がA本人からのものと誤信させ、よって、そのころ、右A名義の普通貯金口座二口から合計二五万円を出金させて、同町《番地省略》所在の紀陽銀行串本支店の右C子名義の普通預金口座にこれを振込入金させた。
第二 あらかじめ、情を知らないDに対し、自己に対する送金の受領のために前記紀陽銀行串本支店の同人名義の預金口座を使わせてもらいたい旨依頼し、その承諾を得た上、同月二一日午前一〇時ころ、前記E方から、前記連合会串本支店に電話をし、前記B子に対し、Aであると名乗って、同人名義の前記二口の各普通貯金口座から合計四万円を出金して同銀行串本支店のD名義口座番号《省略》の普通預金口座にこれを振り込むよう依頼し、右B子をして、前同様に誤信させ、よって、そのころ、右A名義の普通貯金口座二口から合計四万円を出金させて、前記紀陽銀行串本支店の右D名義の普通預金口座にこれを振込入金させた
ものである。
(証拠の標目)
原判決が「証拠」の項に挙示するとおりであるから、これを引用する(ただし、「証人Fの原審供述」は第一の事実についての証拠に改め、また、全事実についての証拠として、当審で取り調べた電話聴取書を加える。)。
(累犯前科)
原判決が「累犯前科」の項に摘示する事実と挙示する証拠のとおりであるから、これらを引用する(ただし、その二の「同法律違反、道路交通法違反、恐喝罪」の前に「一の刑執行終了後に犯した」を加える。)。
(法令の適用)
原判決が「適用法令」の項で摘示するとおりであるから、これを引用する(ただし、「未決算入」とあるのを「原審における未決勾留日数の算入」と、「訴訟費用」とあるのを「原審及び当審における訴訟費用の不負担」とそれぞれ改め、また、「併合罪加重」中に「重い第一の詐欺罪の刑に加重」とあるのを「犯情の重い第一の罪の刑に加重」と改める。)。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白井万久 裁判官 東尾龍一 增田耕兒)